NPO法人日本ペタンクリーグ/四国リーグ  愛媛県ペタンク連合会
   


■愛媛県のペタンクのルーツ
      郷土の先輩(伊丹一三氏)が持ち帰ったヨーロッパのロマンを継承
                                                                                   こちらから見えます

『シンプルと言えばこれほどシンプルなゲームもない。見た目単純そうなこのスポーツ、実は
「複雑な駆け引きと高度な技術と頭脳戦略を要し、その球趣は尽きるところがない』  
            (『ヨーロッパ退屈記』伊丹一三著:元映画監督/俳優・松山市出身)

 1960年代(約45年程前)このヨーロッパ4000年の歴史と伝統の中で育まれた「スポーツ・ペタンク」は、
伊丹一三氏によって日本に持ち帰られ、伊丹一三氏は競技団体初代会長を勤められたと言われている。

 1960年代は「企業レクリエーション運動」の最盛期、当時日本は高度成長期にあり生産性向上のための企業従業員対策として、社会経済的要請のなかで日本レクリエーション協会が養成した「職場レクリエーション指導者」を中心に「余暇の善用施策の一環」として、積極的な「職場レク活動」を全国的に展開していった。

 ペタンク競技はこのような背景の中『職場の花形ニュースポーツ』として紹介され、職場レクイベントとして普及され、やがて、時代の趨勢から「職場レク」は、「地域・学校・福祉レク」に移行し、ペタンク競技も「地域住民のスポーツ活動」として普及されていくところとなった。

 愛媛県における「ペタンクのルーツ」は、1987年12月愛媛県において日本ペタンク連盟の「公認指導者養成講習会」が開催されたのを契機に、イベント型から「楽しく、健やか、日常生活の中でのスポーツライフ」と、皆スポーツを思考した「クラブスポーツ型」への機運が生まれ、やがて1989年4月「愛媛県ペタンク連合会(当時連盟)」が誕生した。

 愛媛県内の各地域には、17年の歴史の経過で伊方町には「県ペタンク連合会の指導」の中で、1,700人を超える地域ペタンク愛好者が生まれ、600人規模の町民大会が数種(町民・JA・郵便局・老人会、ほか)開催される等、11クラブ153人の県連合(横の交流)会員による自主活動が定着しているのを初め、三崎半島全体でもペタンク愛好者が3,000人を超えており、松山市の5,000人を初め、東予地域の2,500人など、県域では12,000人を超える地域市町村(縦組織の愛好者)の増加が見られ、地域単位で各種大会が盛んに行われている。

 これら地域の愛好者を横の連携で「ふれあい交流を図る」のが、愛媛県ペタンク連合会の「いつでも、どこでも、誰でも、何時までも」の「ペタンクを日常生活の中で捉えたスポーツライフ活動」で、県内の12,000人強のペタンク愛好者の土壌に支えられて、「ペタンク・クラブ」を育成する普及運動が継続され、17年の歴史の継続の中で、現在(所属クラブ)46団体会員数784名、年間約25大会とその普及活動の成果と、身体障害者(延べ300人を含む)のノーマライゼーションの達成もあわせ、「生涯スポーツ」としての定着化に貢献している。 

 21世紀、官・民あげての健康づくり運動がスタートし、「総合型地域スポーツクラブ組織」を目指して地域一体で取り組んでいる。。
 「みんなで参加、楽しく、健やか、くらしの中にスポーツを!」、「愛媛県ペタンク連合会」の17年の歴史の歩みを無駄にしないよう、「総合型地域スポーツクラブ活動」の普及・進展にタイアップする活動を進めている。

■ NPO法人と市民スポーツ
    =市民スポーツとして底辺拡大をはかるため「愛媛県ペタンク連合会」に改名=

 1990年、日本レクリエーション協会は「日本ペタンク連盟と日本ペタンク協会の統合」を模索「一種目中に数種の団体の競合は好ましくない」との情報を入手したのを機会として、
 愛媛県でもペタンク競技を『市民スポーツとして普及する』主旨から、1992年4月理事会の議を経て「愛媛県ペタンク連合会」に改名、「いつでも、どこでも、誰でもに門戸開放」を事業活動の柱とすることとした。

 年々活動が拡充するに従い、愛好者・会員・大会参加者が増加し、大会運営の絶対的業務量も増大して来ているが、1995年「えひめ高砂ボランティア協会」を立ち上げ、クラブ会員の協力はもとより、愛媛大学、東雲大学、聖カタリナ大、愛媛医療・福祉関係専門短大をはじめ、ボランティア団体の協力のもとで、多くの年間大会を運営消化している実情にある。

 1998年、京都を中心に「競技団体の壁を乗り越え、みんなで参加、世界に繋がる全国組織を!」の運動が全国レベルで広がり、 愛媛県ペタンク連合会もその主旨に賛同し、理事会の議を経て「日本ペタンク連盟傘下の一員(2003年現在)」とし「日本ペタンクリーグ/四国リーグ」としてその活動に参画する意思を表示した。

 1999年8月設立された「日本ペタンクリーグ」は、2000年9月19日付経済企画庁より、「特定非営利活動(NPO)法人日本ペタンクリーグ」の認証をいただいた。
 本部(京都府)につづき「愛媛県ペタンク連合会」も理事会の議を経て2000年10月31日付にて「NPO法人日本ペタンクリーグ/四国リーグ(愛媛県ペタンク連合会)」の「設立登記」を完了した。   


【目 標】 設立16年目を迎えた「愛媛県ペタンク連合会」は、21世紀に向けて「ペタンク競技を通じて“NPO法人”として、ボランティア事業活動の積極的な展開」を、はかって行きたいと念願している。

【趣 旨】 21世紀に向け展開される「総合型地域スポーツクラブ活動」の推進、及び「生涯スポーツとしてのペタンクの健全な普及と振興」ならびに、地域住民を中心とした「全国民の“心とからだの健康づくり”に寄与することと同時に、国際親善を図ることを目的として、クラブの育成・交流を図り、性別、年齢、障害を問わず誰でも手軽に楽しめ、外国の愛好者とも気軽に交流を深める」「すべてのペタンク愛好者に開かれた門戸を」などの「NPO活動の目的」に沿った事業展開をはかる。
         

  2004年9月22日仏グルノーブルで開催された、国際ペタンクプロバンサル連盟の理事会に招聘された日本のペタンク4団体は、個別に事情聴取の後、「日本の公的な法人格を持つ各ペタンク団体は、互いに拘束されないで、ユニオン方式により緩やかな傘の下に統一し、日本代表選手の選考、FIPJPの認定する組織から、指導者や公認審判員の育成拡充をはかり、課題の技術の向上や競技ルール&マナーの向上をはかり、アジアの指導的立場を早急に確立するよう」などの指導をうけた。